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江戸時代、明治、大正、昭和と京橋周辺は、海上交通又陸路の結節点として大変栄えてきました。しかし昭和50年代後半から海上輸送や鉄道輸送がトラック輸送中心となり、又市場や、港が岡山市南部に移設された事により、京橋周辺は随分と寂れてしまいました。

現在、京橋朝市などにより、ある特定の時間にはかなりの人出が有りますが、決して昔の活気が戻ってきたわけでも無いのが現状です。ところが、道路原票が有った岡山のへそ京橋地域にも再興のチャンスが訪れようとしています。

数年前から中心市街地のドーナツ化現象により岡山の街のポテンシャルの低下が叫ばれてきました。やっとここにきて、中心市街地の活性化法案や、マンション建設や路面電車の環状線の話題、市内中心部の学校の統廃合と跡地問題、新しくできた県立図書館、旧日本銀行跡地のホール稼動、と京橋を中心に昔栄えていた市内中心部が息を吹き返そうとしています。

そして国土交通省の中国地域一円の河川改修の順番も旭川に移ろうとしています。200年に一度の大洪水を避け・人と水辺の親水空間を造るための改修計画にも京橋周辺や中島も注目されています。今や京橋周辺地域の活性化のまたとないチャンスになっています。

この様な状況の中で、京橋を中心として、21世紀にもここに住み、ここで働いている人たちが、集まり自分たちの意見をまとめ、地域の声として行政や政治にぶつけていく事がなによりも大切になります。京橋周辺を考える会は、50年、100年後の京橋周辺がどの様に活性化してゆけばよいかを目指し、また、今そこに有るチャンスを逃さないように活動を続けてみたいと思います。
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